| 会社名 | 阪堺電気軌道株式会社 Hankai Tramway Co.,Ltd |
|---|---|
| 設立 | 昭和55年7月7日(開業同年12月1日) 明治30年5月創立、昭和55年南海電気鉄道(株)から分離・独立 |
| 本社 | 〒558-0033 大阪市住吉区清水丘3丁目14番72号 TEL 06-6674-5146(総務課) |
| 資本金 | 90,000,000円 |
| 株主 | 南海電気鉄道株式会社 100%保有 |
昭和55年12月1日、阪堺電気軌道株式会社として新発足した上町線、阪堺線のおいたちは、次のとおりです。
当線の前身は、明治30年5月に設立された大阪馬車鉄道株式会社です。馬車鉄道とは、今日からすれば風変わりな乗り物といった印象を与えますが、その名が示すとおり軌道に乗った客車を馬が引っ張るというもので、当時としてはモダンな交通機関として脚光を浴び、全国各地でその姿を見ることが出来ました。
ところで、同社は設立から3年後の明治33年9月に天王寺西門前から東天下茶屋間を開通させたのを皮切りに、同年11月には上住吉、同35年12月には下住吉までと順次路線を延長していきました。やがて同社は沿線一帯の開発が進み乗客数が増えたことなどもあって、馬車鉄道を廃止し電化工事に着手しましたが、工事なかばの明治42年12月南海鉄道に合併、上町線とよばれるようになりました。電化工事は南海鉄道が引き継ぎ、翌43年10月1日に完成、同日から天王寺西門前〜住吉神社前間の運転営業をはじめました。さらに大正2年7月、住吉神社前〜住吉公園間の延長工事が完成、南海本線との連絡が可能になりました。その後同10年12月、天王寺西門前〜天王寺駅前間を大阪市に譲渡、これによって同線の起点が現在の天王寺駅前に移転し、ほぼ今日の姿にちかい状態になりました。
明治43年3月に設立された旧阪堺電気軌道株式会社が阪堺線のおこりです。同社は片岡直輝氏らが発起人となって、大阪市〜浜寺村間および堺市宿院〜大浜間の2路線に電気鉄道を建設する目的で設立されました。 明治44年12月に恵美須町〜大小路間、同45年3月に大小路〜少林寺橋(現・御陵前)間、そして同年4月に少林寺橋〜浜寺(現・浜寺駅前)間が開通、阪堺線の路線が完成しました。
こうして路線の完成をみた旧阪堺電気軌道は、競合する南海鉄道とはげしい旅客誘致競争をおこないましたが、やがて大正4年6月、両社は合併、南海鉄道の阪堺線となりました。